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第1章

ギリシア神話とは

ギリシア神話は、一冊の聖典ではなく、何百年もかけて語り継がれ、書き留められ、描き直された物語の集まりである。この章では、神話が生まれた時代の背景、それを書き留めた詩人たち、神々を祀った人々の暮らし、そしてギリシアの神々に共通する性格を見ていく。最後に、第2章から第6章で何を読むかの見取り図を示す。

神話が生まれた時代

ギリシア神話の舞台は、エーゲ海を囲む土地である。ギリシア本土、クレタ島をはじめとする島々、そして小アジア(今のトルコ)の西岸。山がちで平野が小さく、海が人と物を運んだ。この地理が、ギリシアの歴史と神話の両方に影を落としている。

史実としてたどれる最も古い段階は、前2千年紀後半のミケーネ文明である。前1600年頃から前1200年頃にかけて、ギリシア本土のミュケナイやピュロスなどに王の宮殿が築かれた。宮殿は物資を集めて配り直す拠点で、その帳簿は「線文字B」という文字で粘土板に記された。

線文字Bは1952年、英国のマイケル・ヴェントリスらによって解読され、ギリシア語の古い形を書いたものだと分かった。粘土板の多くは家畜や穀物の出入りを記した事務的な記録だが、そこに神々への奉納の記録が含まれていた。ゼウスやヘラ、ポセイドン、ヘルメスにあたる名が読み取れ、ディオニュソスと読める名も見つかっている。つまり、後の神話に登場する神々の一部は、すでにこの時代に祀られていたことになる。

ただし、粘土板には物語は書かれていない。神々の名は分かっても、どんな神話が語られていたかは分からない。この点は大事で、ミケーネ時代の宗教と、後の時代に書き留められた神話とを、そのまま同じものと見ることはできない。

前1200年頃を境に、ミケーネ文明の宮殿は次々に破壊されたり放棄されたりした。原因は一つに絞られておらず、外からの侵入、内部の混乱、交易網の崩壊など、さまざまな説がある。宮殿が消えると、線文字Bも使われなくなった。ギリシアは文字を失ったのである。

その後のおよそ数百年は、文字の記録がなく、人口も減り、物質文化も貧しくなったとされる。この時期を研究者は「暗黒時代」と呼んできた。もっとも、各地の発掘が進むにつれ、交易や技術が完全に途絶えたわけではないことも分かってきている。「暗黒」は、あくまで記録が乏しいという意味に近い。

前8世紀頃、ギリシアは大きく動き出す。まず、フェニキア人(今のレバノンあたりを拠点とした海の商人)の文字を借りて、アルファベットを作った。フェニキアの文字は子音しか書かなかったが、ギリシア人はそこに母音の字を加えた。これで、話し言葉をかなり正確に書き写せるようになった。

同じ頃、ポリス(都市国家)が形を整えていく。ポリスは、町と周りの農地からなる小さな独立国である。アテネ、スパルタ、コリントスなどが代表で、それぞれが独自の守り神や祭りを持った。ギリシアは最後まで一つの国にまとまらず、多くのポリスが並び立った。神話に地方ごとの異説が多いのは、この分立と無関係ではない。

さらに前8世紀から前6世紀にかけて、ギリシア人は地中海と黒海の沿岸に植民市を次々に建てた。南イタリアやシチリア島、黒海の沿岸、さらには今の南フランスにまで及ぶ。南イタリアの植民市は、のちにローマがギリシア文化に触れる窓口の一つとなる。この話は第7章で扱う。

ホメロスとヘシオドス

ギリシア神話の骨組みを最初に書き留めたのは、二人の詩人とされる。ホメロス(Homer)とヘシオドス(Hesiod)である。

ホメロスの名で伝わるのは、二つの長い叙事詩である。トロイア戦争の最後の年の一場面を描く『イーリアス』と、戦争の後に英雄オデュッセウス(Odysseus)が故郷へ帰るまでの苦難を描く『オデュッセイア』である。どちらも、いまの形に近づいたのは前8世紀後半から前7世紀頃と考えられている。ホメロスが実在の一人の人物だったのか、どこまでを一人で作ったのかは、古代から議論が続いており、決着していない。

これらの叙事詩は、もともと文字で書かれたものではなかった。吟遊詩人が、決まった言い回しや繰り返しの型を使いながら、聴衆の前で歌い語るものだった。「足の速いアキレウス」「ばら色の指をした曙」のような決まり文句は、韻律に合わせて語りを組み立てるための道具だったと考えられている。20世紀の研究者ミルマン・パリーは、当時のユーゴスラビアでまだ生きていた口承の叙事詩と比べることで、この見方を強く打ち出した。

叙事詩の中では、神々が人間の戦いに口を出し、味方をしたり邪魔をしたりする。英雄アキレウス(Achilles)の母は女神であり、女神アテナ(Athena)はオデュッセウスを守り続ける。ホメロスは神々の系譜を順に説明する詩人ではないが、神々の性格や関係を、物語の中で生き生きと示した。

ヘシオドスは、前700年頃に活動したとされる詩人である。ホメロスと違い、作品の中で自分のことを語っている。ボイオティア地方(アテネの北西)のヘリコン山のふもとで羊を飼っていたとき、ムーサ(Muses。詩と学芸の女神たち)から詩の才を授かった、と『神統記』の冒頭で述べる。

ヘシオドスの『神統記』は、世界のはじまりから、神々がどのように生まれ、どう世代が代わって、ゼウス(Zeus)が王となったかを語る。もう一つの作品『仕事と日』は、兄弟への忠告という形をとりながら、労働の大切さ、正義、人間の時代の移り変わりを語る。神々の系図の基本は、ほぼこの『神統記』に拠っている。その中身は第2章で詳しく読む。

前5世紀の歴史家ヘロドトスは『歴史』の中で、ギリシア人に神々の系譜を与え、神々に呼び名と役目と姿を割り当てたのはホメロスとヘシオドスだ、という趣旨のことを書いている。もちろん、二人が神々を発明したわけではない。神々の名はミケーネ時代から存在した。しかし、ばらばらだった各地の伝承に、全ギリシアで通じる形を与えたという意味で、二人の役割は大きかった。

神話はどう伝わったか

ホメロスとヘシオドスの後も、神話は語り直され続けた。その形はさまざまである。

まず、讃歌がある。「ホメロス風讃歌」と呼ばれる一群の詩は、ホメロスの名で伝わるが、実際には別々の時代の別々の詩人の作である。一つの神を讃え、その神の誕生や功績を物語る。たとえば女神デメテル(Demeter)への讃歌は、娘ペルセポネ(Persephone)が冥界の王に連れ去られる話を語る。

次に、抒情詩がある。竪琴に合わせて歌われた短めの詩で、前7世紀から前5世紀に多くの詩人が出た。前5世紀のピンダロスは、競技祭の勝者を讃える詩を作り、その中で勝者の故郷にゆかりのある神話を語った。神話は、現実の人や町を飾るためにも使われたのである。

前5世紀のアテネでは、悲劇が花開いた。アイスキュロス、ソポクレス、エウリピデスの三人が代表である。悲劇は、酒と演劇の神ディオニュソス(Dionysus)の祭りで上演される劇で、題材の多くを神話から取った。同じ英雄の話でも、作者ごとに人物の動機や結末が変えられた。悲劇については第6章で改めて触れる。

文字だけではない。絵も神話を伝えた。ギリシアの陶器、とくにアテネやコリントスで作られた壺には、神々や英雄の場面が数多く描かれている。はじめは人物を黒く描く黒絵式が、のちに背景を黒く塗って人物を赤い地のまま残す赤絵式が広まった。壺絵には、文字の作品には残っていない異伝が描かれていることもあり、研究の大切な手がかりになっている。神殿の彫刻も同じで、破風や壁面に神話の戦いが刻まれた。

さらに時代が下ると、散らばった神話を整理してまとめる書物が現れた。アポロドロスの名で伝わる『ギリシア神話』(『ビブリオテーケー』)は、神々の誕生から英雄たちの物語までを順にまとめた手引き書で、ローマ帝政期に書かれたと考えられている。ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』も、ギリシア神話を後世に伝えるうえで大きな役割を果たした。こちらは第10章で扱う。

このように、ギリシア神話には「これが正しい」という一つの版がない。同じ神の親が作品によって違ったり、同じ事件の結末が二通りあったりするのは珍しくない。この読み物では、代表的な伝えを軸にし、大きな異説があれば添える。

信仰としての神話

現代の私たちは、ギリシア神話を「物語」として読む。しかし古代のギリシア人にとって、神々は実際に祀る相手だった。物語と信仰は重なりつつも、同じものではない。

信仰の中心は、犠牲(神への捧げ物)だった。牛や羊などの動物を祭壇で屠り、一部を焼いて煙として神に送り、残りの肉を人々が分け合って食べた。神と人が同じ食事を分かち合う場でもあったのである。なぜ神の取り分が骨と脂で、人間が肉を食べるのか。その由来を説明する神話が、プロメテウス(Prometheus)の物語の中にある。これも第2章で読む。

神殿は、神の像を安置する「神の家」だった。人々が中に集まって礼拝する場所ではなく、儀式の中心は神殿の前の屋外の祭壇で行われた。アテネのアクロポリスに建つパルテノン神殿は、アテナを祀る神殿である。

神々の意思を尋ねる場所もあった。神託所である。最も名高いのは、ギリシア中部の山あいにあるデルポイのアポロン(Apollo)の神託所だった。ピュティアと呼ばれる巫女が神の言葉を告げ、ポリスも個人も、植民市の建設や戦争、身の振り方について伺いを立てた。神託はしばしば二通りに読める言い回しで伝えられ、解釈を誤った者が破滅する話が、ヘロドトスの『歴史』などに語られている。

祭りは、ポリスの暮らしの節目だった。アテネでは、守護女神アテナを祀るパンアテネア祭や、ディオニュソスを祀る祭りが行われ、行列、犠牲、競技、劇の上演が組み合わされた。祭りはポリスの一体感を確かめる場でもあった。

ポリスの枠を越えて、ギリシア人全体が集まる祭りもあった。その代表が、ペロポネソス半島西部のオリンピアで、ゼウスに捧げて開かれた競技祭である。伝承では前776年に始まったとされ、4年に一度開かれた。会期中は、参加者が安全に行き来できるよう休戦の取り決めがあったと伝えられる。近代オリンピックの名は、この祭りから取られている。

デルポイやオリンピアのような全ギリシア的な聖地は、ばらばらのポリスに分かれたギリシア人が、同じ言葉を話し、同じ神々を祀る仲間であることを確かめる場だった。ホメロスとヘシオドスの詩が全ギリシアで通じたのも、こうした場があったことと結びついていると考えられる。

一方で、秘儀と呼ばれる信仰もあった。アテネ近くのエレウシスで、デメテルとペルセポネを祀った秘儀がよく知られる。入信した者にだけ明かされる儀式で、内容を外に漏らすことは固く禁じられていた。そのため、何が行われていたかは、今でも詳しくは分かっていない。

ギリシアの神々の性格

ギリシアの神々は、どんな存在として思い描かれていたのか。いくつかの特徴がある。

第一に、神々は不死である。死なないこと、それが神と人間を分ける最大の違いだった。神々はアンブロシア(神の食べ物)とネクタル(神の飲み物)を口にし、その体には人間の血とは違う液体が流れているとホメロスは語る。ギリシア語で人間を指す言い方の一つが「死すべき者」であるのは、このためである。

第二に、神々は人の姿をしており、人のように感じ、振る舞う。これを擬人的という。神々は恋をし、嫉妬し、怒り、だまし合い、家族で争う。ゼウスは妻ヘラ(Hera)の目を盗んで多くの女神や人間の女性と関係を持ち、ヘラはその相手や子を憎む。神々は善悪の手本ではなかった。前6世紀の哲学者クセノパネスは、ホメロスとヘシオドスが、盗みや姦通や欺きといった人間の恥ずべき行いを神々に負わせた、と批判している。

第三に、神々にはそれぞれの持ち場がある。ゼウスは天と雷、ポセイドン(Poseidon)は海、アテナは知恵と戦いの技、という具合である。ただし持ち場はきっちり分かれているわけではなく、一つの神がいくつもの顔を持ち、土地ごとに違う呼び名や性格で祀られた。

第四に、神々の上にも、逆らいにくい力がある。運命である。運命は、モイラ、あるいは三姉妹の女神モイライ(Moirai)として語られる。『イーリアス』には、ゼウスが息子サルペドンの死の定めを覆そうかと迷い、ヘラにいさめられて思いとどまる場面がある。ゼウスほどの神でも、定めを曲げれば神々の秩序が乱れる。運命と神々の力の関係は作品によって描き方が違うが、神も好き勝手にはできないという感覚は広く見られる。

第五に、神々は人間の思い上がりを罰する。ギリシア語で思い上がりをヒュブリスという。人間が身の程を忘れ、神に並ぼう、神を侮ろうとすると、報いを受ける。子の多さを誇って女神レト(Leto)を見下したニオベが、レトの子のアポロンとアルテミス(Artemis)に子どもたちを射殺される話は、その典型である。行き過ぎを正す力は、女神ネメシス(Nemesis)の名でも呼ばれた。

このように、ギリシアの神々は、強大だが完全ではない。人間よりはるかに力があり、死なないが、心の動きは人間とよく似ている。この「人間くささ」こそが、ギリシア神話を物語として面白くし、後の文学や美術が何度も題材にした理由の一つである。そして、人間には越えてはならない一線がある、という感覚が、多くの神話の底に流れている。

この章のまとめ

ギリシアの神々の名は、ミケーネ時代の粘土板にすでに現れる。しかし物語としての神話が書き留められたのは、文字を失った時代を経て、アルファベットとポリスが生まれた前8世紀以降のことだった。ホメロスの叙事詩とヘシオドスの『神統記』『仕事と日』が骨組みを与え、讃歌、抒情詩、悲劇、壺絵、のちの手引き書が肉付けをした。神話は、犠牲、神殿、神託、祭りといった実際の信仰と重なりながら生きていた。神々は不死で人の姿をとり、人間くさく、運命には逆らいにくく、人間の思い上がりを罰する存在として描かれた。

ここから第1部の残りの章で、ギリシア神話の中身を順に読んでいく。第2章「天地のはじまりと世代交代」では、ヘシオドスに沿って、混沌から天と地が生まれ、神々の王座がゼウスに渡るまでを読む。第3章「オリュンポスの神々」では、ゼウスを中心とする12の神を、家族と役割のつながりの中で見る。第4章「そのほかの神々」では、冥界の神々や運命の女神、ムーサなどを取り上げる。第5章「英雄の時代」では、神と人の間に生まれた英雄たちの冒険を、第6章「トロイア戦争と帰郷」では、ホメロスの二つの叙事詩とそこから生まれた悲劇を読む。人物の関係に迷ったら、付録の神々の家系図とプロフィールを引いてほしい。

出典

神話は異説が多いので、代表的な説を書いています。年代は通説の幅で示しています。

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